毒親サバイバルという漫画を読んだ~休日三日目~

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毒親サバイバルという漫画を読んだ

毒親に育てられた皆さんが、それをどうやって克服したのか知りたくて。

読んでみた感想は、みんな頑張っているんだなあ、ひとりじゃないということ。

勇気をもらえました。

実家暮らしというのは見えない鎖に繋がれていて、なかなか家を出る、という選択ができません。

が、みなさん、家を無事に出られて、社会で認知の歪みに気づき、その上で、努力をしていた。

戦いです。

これはもう。

親が死んでも呪縛から解き放たれなかったり、親の呪いって凄く強い。

でも、みんな戦って頑張って、幸せを掴んでいます。

楽になりたい。という考え

子供の頃、楽な選択肢を選ぶな、楽をするなと刷り込まれて育ちました。

でも、頑張ったからもう楽になってもいいかなあって、最近思い始めています。

中学の頃は家に帰るのがもう苦痛で、しかたなかった。

高校は祖母の家に逃げ込む選択肢が増えたので、なんとか生きながらえた。

大学はあえて一人暮らしのできる距離のところ、親が簡単には会いに来れないところを選んだ。

就職しなかったから実家に引き戻されたけど。

そこから一人暮らししたい、と何度か親に言ったことがありますが、

おまえなんかに一人暮らしができるわけがない、とさせてもらえませんでした。

(いや大学の時していたんですけど、っていう意見は無視されました)

就職していてもです。

産業カウンセラーにも、東京でみてもらったお医者さんにも、お母さんと離れたほうがいい、と言われました。

母が亡くなってくれたおかげで、離れることができました。

ほっとした。

私は、母が亡くなるまで、母のそばに一生いるのだと、一生母の奴隷として生きていくのだと思っていたので、とてもほっとした。

同時に、なんて薄情な娘なんだろう、と自分を責めました。

あのまま母が元気に生きていたら、たぶん、どっかで自殺が成功していたんじゃないかなあ。

社会でもうまくいかず、家は不穏のまま、どこにもほっと息がつける場所がなくて。

幻聴に潜む母の影

母は他人の話が聞けないひとでした。

私が話を聞こうとすると、最後まできかずに全否定の上、自分の話をしだす人間でした。

そして私が、母になにか言おうとすると

おまえは、はい、はい、って頷いてればいいんだよ

と叱られました。

私は自分の話をすることを諦めました。

そうしてその習慣が長年積み重なった今、自分の話を口頭で他人にするのが、とても苦手です。

苦手なあまり、他人と関わりたくありません。

社会に溶け込めず、いじめにあい、幻聴は24時間休みなく、私を否定し続けます。

トイレも、お風呂も、ご飯のときも。

もちろん眠りに落ちる寸前まで。

幻聴のもとになるのは、母に怒鳴られた内容や、母の傲慢な言い方、いじめのときに言われた言葉たち。

幻聴に休みはありません。

リラックスしたいのにリラックスしようとすると、ふっと湧いてでます。

これではリラックスの仕様がありません。

母はもういないのにね。

会社も辞めて、いじめたやつらも世界から消えたのに。

障害者年金と生活保護

障害者手帳は2級持ちです。

今年、更新の年。

でも、新しい職場になって、そこはひとが少なくて、ひとりで仕事する時間が多く、フルタイムで働きやすいところです。

働けているので、幻聴があっても、多分障害の等級は下がるんじゃないのかなあ。

お手帳持っていると、いろいろなサービスが使えますが、私はそれを使わなくても、まだ働けているので、結局どれも使っていません。

お手帳は返納しようかな、と考えてます。

お手帳をとったときは、無職だったし、状態も悪くて、障害者年金の申請がしたかったから。

でも無事に就職がきまり、働けているので、また状態が悪くなったらとればいいかなあ、と。

仕事をすること、作業をすることは好きなので、ひとと関わるのがだめなので、ひとが少ない場所、今でこそテレワークが広がっていますが、そういうところなら、働きやすいかな、と思っています。

精神科の外来は三ヶ月に1回にまで減ったし。

カウンセリングは月1か二ヶ月に1回だし。

お墓参りにも行ったし、毎日仏壇にお線香あげて、母と心のなかで報告はしますが、母が亡くなって会いたいとか、生きててほしかったとかいう気持ちは湧いてきません。

お母さん、もう苦しまなくていいんだね、うらやましい。

母も祖母から虐待を受けていたひとでした。

そのことに母もずっと苦しんでいた。

だから、心穏やかに向こうの世界で過ごせてたらいいなあ、と思います。

彼と同棲すること

彼の家で彼と同棲する話を結局父に切り出せないまま、休みが終わりそうです。

私としては、いきなり同棲より一人暮らしする、と伝えるほうがハードルが低い。

仕事も辞めなくて済みます。

私の考えは。

でも彼とは一緒にいたいし、彼の家に住むのも嫌ではないし。

父に言えないのは、私の中で、私のどうしたい、が決まってないから、なのかもしれません。

一緒に住みたいと望んでくれる彼は、もしかしたら、私のような決められない人間ではなく、誰か他を探した方がいいのかもしれない、と思っている自分もいます。

病気の特性上、私の信用できる人間は家族と、友達と、彼しかいないのですが。

新しい恋人ではなく、ひとりでほそぼそと生きていきたいという願望もなくはないので、(そうしてひっそりと死にたい)

何がストレスなのか、私もわかりません。

きっと実家暮らしのままでは一生わからない。

それこそ、父が死んで、ひとり放り出されたときに、ようやくわかるのかもしれない。

母が死んだときのように。

でもそのとき、隣に彼はいないでしょう。

この広い家を売り払って、アパートに引きこもるなら、今からその環境になって、生きていけるのか試したい、という気持ちと。

彼は家に来いという。

私は行けないという。

彼がいなくなったときに、後悔しても遅いのはわかっています。

信用できる人間を失い、幻聴に惑わされ、ひとり、広い家に残される。

発狂しかありえません。

だからこそ、妹は私を施設にいれたいのでしょうね。

考えるのが疲れました。

やっぱり、私は動けないままです。

いっそ、今から施設にはいったら、心穏やかな余生が過ごせるのでしょうか。

わかりません。

そんなわけで

長くなりましたが、戦いはまだまだ続きます。

お休みはあと一日。

ちゃんと休めるといいなあ。

それでは。

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